「美姫血戦 松前パン屋事始異聞」  富樫 倫太郎
  実業之日本社            1700円



 箱舘戦争本。
 「箱舘売ります」「殺生石」と合わせて富樫倫太郎の箱舘戦争3部作。


 副題が「松前パン屋事始異聞」だけあってメインは箱舘の中でも松前方面で
 当然人見が出張ってきます。正直土方は脇役。前の2作も中盤以降では
 活躍場面もあったのだけど今回のは本当に出番少ない。
 それでも土方は贔屓気味に描かれてるので楽しいです。



 主人公は松前に住む和菓子職人。パン作りを旧幕府軍に依頼されてしまい
 その作り方やパン種を手に入れるべく箱舘で頑張ります。
 視点はこの和菓子職人以外にもコロコロ転換して、蝦夷政府首脳陣の小話も
 あれこれ含まれてる。恒例みたいな蝦夷政府設立パーティーシーンもあります。
 富樫倫太郎はこのパーティーがホント好きだな。榎本が活き活きしていて、
 土方がつまらなそうでって描写が何度読んでも好きです。


 ブリュネも相変わらずトんだ人設定だし大鳥はいつもよりはマシかな?
 日本ではまだレアなパン作りについて当時の認識をちらほら書いてあるのが
 幕末本としてでなくても読める。「歳三の写真」の写真技術みたいな感じ。



 でもやはり後半戦は1869年4月の箱舘戦争。
 何はともあれ伊庭です。伊庭ハチが…めっさかっけぇぇ!
 どの本見ても伊達男で女どころか男にも持てる伊庭なのだけど、この本では
 また一味違ってて…うん!こういう伊庭もいい!


 「泣いてもいいさ、笑いやしないよ」って台詞に何故かやたらと感動した。
 人見が伊庭に恋愛相談しちゃった時の台詞なのだけど、どんな本の伊庭でも
 言いそうではあるがこの「美姫血戦」の伊庭は他の我が侭もナチュラルに受け
 入れられる坊ちゃんな部分がある伊庭ではないので本当に男前です。


 人見と伊庭。デフォで仲良しな2人なので恋の相談もありそうなんだけど、
 人見→蘭子(オリキャラ)→土方なのは初めて。人見は勝算ない。
 土方が全くスルーしてるので恋物語にはならない。その辺苦手な方はご安心を。
 伊庭にだけこそっと人見が打ち明けて「どーにもならねぇさ」と現実的な意見を
 頂戴する会話が素敵過ぎる。人見が「泣きてぇなぁ」とぼやくのとかは自分的な
 伊庭&人見の立ち位置とは逆なので新鮮でした。
 この2人の友情と信頼関係は幕末でも屈指かと。


 伊庭がやたらと現実的で気休めも言わず茶化しもせずばさっと人見の曖昧さを
 切り捨てるキャラでした。甘さのない伊庭もいいね。
 箱舘戦争というと宮古都湾海戦と二股口戦ばかりクローズアップされるが、
 3作目という事もあり、また松前が舞台ってこともあって稀少な松前戦満載。
 江差出撃とか福山城周辺での攻防とか滅多に見られないもんな。
 代わりに土方や大鳥は結構さらっと書かれます。ただしこれは他の本で読める
 部分なので自分としては気にならない。




 どうせなら5部くらいにして欲しかったな、富樫先生。
 殺生石のトンデモ設定は一冊でお腹いっぱいだったけど、今回みたいのはGJ。
 アイスクリームとか石鹸とかネタにして書いてくれたらなぁ。石鹸なら榎さん
 がメインになるのかな?資生堂とかも出てきて大鳥も大幅にからんだり。
 でも土方ファンだからやっぱり「箱舘売ります」が一番でした。