彰義隊」   吉村 昭
  朝日新聞社   1890円




 主人公・輪王寺宮能久
 徳川幕府菩提寺寛永寺の山主でやがて彰義隊蜂起時の盟主。
 幼少時から上野寛永寺で過ごしたため江戸へ思い入れが強くなり、
 嘆願も受け入れない有栖川宮熾仁親王に反感を覚えだす。
 そして時勢の流れで朝敵に堕ちる。
 皇族でありながら賊と見なされる苦悩は痛ましい。



 
 「彰義隊」と言いつつ上野戦はほんの数ページで、主だった
 彰義隊のメンバーすら大して出てこない。
 この点では期待外れ。
 代わりに輪王寺宮有栖川宮ら維新時に活動した皇族をメインに
 描いた作品で、これはかなり珍しいんじゃないだろうか。




 大村益次郎によって1日で上野の彰義隊は壊滅させられ、
 輪王寺宮は奥羽まで転々と苦難の旅路を続け落ち延びる。
 上野から江戸を抜けるまでは江戸の人々が気遣い匿う。
 そうする事で新政府への抵抗をしてみせる性根の強さが感動的。



 でも逃げ延びる最中の供をする彰義隊の生き残りや東北王朝
 を語る仙台藩主達は輪王寺宮の存在をただ利用したいと言う
 忠義からは離れた感情が漂う。


 確かに旧幕府軍からしたら錦の御旗にわずかでも対抗出来る
 可能性があるのは輪王寺宮と覚王院義観くらいだったろうから
 仕方ないのだけど。
 それでも後に蝦夷までいく榎本や松平定敬らの互いの行く末を
 案じ合う場面は史実かはともかく救われる。




 やがて輪王寺宮は陸軍に入る。
 「やっぱり皇族は特別なのね」と思わせる昇進の仕方で将官になり
 日清戦争勃発で従軍を願い出て、台湾戦線でマラリアにより死亡。





 終始「朝敵」となった汚名を濯ぎたいと思い続けつつも
 幕末の自分の身の在り方が間違っていたとは思わない。
 かなり男気があり義を重んじる性格の輪王寺宮
 皇族のイメージが一新された。





 作者がこれでもか、と気合入れているのが有栖川宮との
 最初から最後まで続いた相容れない確執。
 立場も真逆だったから仕方ないだろうけど意識しまくり。


 それと覚王院義観も他の本でさらっと見る頑健頑迷なだけの
 タイプではなく、不言ながら輪王寺宮の事を憂慮し1人で
 責任を被ってしまう懐を持っている。



 なかなか題材にされづらい人達の記録なので幕末ファンは一読を。