「新世界より 上」   貴志 祐介
  講談社     1995円



 分厚い上に上下巻。値段も一冊1900円。
 でも悔いなし、と言い切れます。


 さすが貴志祐介!人間に内在する生理的な恐怖を描くのが上手い。
 「気色ワル!」という類の描写が本当に気色ワルイんだけど、グロ
 とはちょっと違うところがこの人の技だなぁ、と。
 しかもそこに勧善懲悪を鼻で笑い飛ばす人間の特性を皮肉る仕掛け
 がばっちりあったりする。割には情や希望を決して消さない書き方。



 場合によっては途中でだれるかもしれませんが、設定はとぉっても
 魅力的です。カバーでは1000年後の人間社会が一度灰燼に帰した
 後の復興後の世界なのですが、核汚染の後で激減した人類が小さな
 コミュニティの話で、現代より余程後退した文明で生きてます。
 なので時折1000年後ではなく1000年前のパラレル世界かと
 思わせる。てか敢えてそういう書き方をしているんでしょうが。


 呪力という念動力が当たり前に備わった人間達のコンサバな世界。
 そういうSF設定がSFという印象を全く抱かせずに読み手に受け入れ
 られるのはところどころで「過去の歴史を紐解くと〜」みたいに、
 念動力が当たり前になる過渡期を「大半が焼き尽くされてしまい
 明確な記録はないが…」という前提を宣言した上で、善とも悪とも
 言いがたい歴史がちらちら描かれてるからだと思います。


 導入の主人公の子供達グループが不安定な呪力で冒険する辺りが
 一番安心して読めたかな。まぁ常に語尾に未来の絶望を匂わせる
 書き方なのでアレなんですが…。


 こう紹介すると絶対予想を裏切るのでズバリ書いちゃうと、この本は
 「人間 vs バケネズミ」の物語です。バケネズミは現代の鼠という
 認識のものとは全然違う、人間に近い大きさで高度な知能を持った
 人間に使役されていた生物なのです。人間に使役される存在は徐々に
 知能を高めていきやがて人間に反乱を起す、というのはもうロボット
 ものではお決まりですが、つまりそういう事です。


 でもそんな言葉では片付けられない複雑な設定と「無理あんだろ」と
 言わせない説得力に脱帽です、もう。ネズミ多すぎ!と思わずに
 最後まで読むとより一層の螺旋状の絶望的なものを感じられます。





 歴史に関係ない本を書いてしまいました…。
 ついでにもう一つ、この本読みながらDo As Infinityの「科学の夜」
 聞くともう目から耳から世界の終わりと始まりに浸れます。
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