「波瀾万丈 井上馨伝」  邦光 史郎
   光風社        1260円


 
 火の玉のような男と称される癇癪持ち・井上聞多
 「井上馨伝」とタイトルにはあるが、聞多の頃が長い。


 
 特徴的なのがおなじみの重要局面や事件そのものではなく、
 その前後、公使館焼き討ちでも英国留学でも講和会談でも
 メイン場面に行き着くまでの細かな周囲の人間とのやり取り
 に着眼してるところ。血気盛んな様がリアル。



 焼討ち前に外国公使暗殺を企てて露見し「潔く切腹しよう」
 と言った問多に対しての「よく腹を切りたがる奴だ。」という
 高杉の返しがモロ想像できて何故か大変ツボにハマった。





 維新と言っても禁門の変や高杉の死などは聞多不在の現場の為
 さらっと流す。かと言って長崎赴任中の聞多も微妙にインパク
 に欠ける書き方だった。




 後半は明治政府高官及び実業家としての井上馨が書かれている。
 志士時代の気性を持ち越したような聞多は早々に問題を起こし、
 敵を作りまくって政府から退き実業界へ。



 後半に注目したいのは渋沢さんと益田くん!!
 「井上閣下」と聞多に忠誠を誓う渋沢さんが大好きです。
 個人的には渋沢さんの性格は皮肉屋な自信家な毒舌家。
 でもちゃっかり心に誓う相手がいつもいる(慶喜や聞多)所が
 魅力的だと勝手な脳内設定で以ってお気に入り。


 益田孝との運命の出逢いもばっちり!
 めちゃめちゃ冷静で頭の良い、そして諦め早く切り替えの上手い
 益田くんにもうっかりハマってしまう日が来る予感がした。
 この辺りで三井のアレコレや三菱の創生について触れている。
 ホントにさらっとだけどそれでも知る取っ掛かりにはなるかな。



 江藤が大変ヒドい奴になっている。
 法の番人とは思えない有り様は「歳月」からは想像もつかない。
 尾去沢銅山の事件についても聞多擁護で書くとこうなるのか、
 と新鮮過ぎる描写で書かれていた。けどやはりこれはちょっと…。


 江藤についても「これはナイよなぁ」という印象ばかりだ。
 俊輔との関係はやはりどこで見ても明朗で信頼関係強く、
 安心して読んでいられる。史実だしな。




 ただ、終わり方が中途半端にも程がある。
 どう見ても著者が途中で飽きたようにしか見えない。
 それとも政府復帰後の聞多にはそこまで語る事がないのだろうか。
 そりゃ主役は俊輔やその門下や大隈や板垣に移ってくけどさ。
 それにしてもせめて鹿鳴館くらいはもっと詳しく書いてくれよ。



 前半の活発な火の玉野郎の聞多ならお勧めです。
 ただし古本でも入手困難なので図書館で。